私たちは考えました
いま「対馬丸」を語ること、それは何でしょう?
戦争のこと?それとも平和?
本当に語って欲しいこと、それはいまそこにある
それぞれの「夢」のことです
暗くつらい戦時でも「夢」は持っていました
でも、生きていればこその「夢」
犠牲になった彼らの無くしてしまった「夢」
彼らが持っていたであろう未来への「夢」
その「夢の未来」に私たちは生きています
この館に身をおいたら、感じてみて下さい
そして、考えてみて下さい
この館には犠牲者の数と比較して
遺品など、「物」があまりありません
どうしてでしょう?
あまりにも長い時間がたったから?
思い出を残そうとしなかったから?
沖縄戦では、多くが焼かれ破壊しつくされました
形あるものは失われました
しかし、人々の「想い」は決して失われません
人々の「想い」、それは平和への強い「希望」です
戦争を語るとき、悲しみと憎しみが生まれます
悲しみの大きさを、「希望」にかえる努力をしないと
憎しみが報復の連鎖をよびます
しかし、報復の連鎖で悲しみは癒されるでしょうか?
いま「対馬丸」を語ること、それはなんでしょう?
いまも世界では報復の連鎖が
子どもたちから新たな夢と希望を奪っています
この報復の連鎖を断ち切る努力を一人ひとりがすること
これこそが、対馬丸の子どもたちから指し示された
私たちへの「課題」ではないでしょうか
2004年8月22日 対馬丸記念会
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